棚井文雄

ニューヨーク物語19「スリに遭った」

ニューヨーク物語19 「スリに遭った」

 ご心配をおかけするといけないので先にお伝えしますが、被害に遭ったのは僕ではありません。前回、「届かないEMS」の話を書きましたが、これは、ニューヨークに長期滞在中の知人宛に送られた荷物で、その行方を一緒に探していた最中、その知人が現金数百ドルとクレジットカード、その上、部屋の鍵まで入っていた財布をスラれてしまったのです。
 「一瞬、(袈裟掛けにしていた)バックが重くなるのを感じた」というのだが、その時には気にもかけず後に確認すると財布がなかったのだ。しかもこの犯人、ご丁寧なことに財布を抜いた後、バックのファスナーを締めたようだ。”みごと”としか言いようがない。

 数年前、タイムズスクエアでパレードを見ていた友人も何者かにカメラを奪われ、もう一人は似たような状況で、バックの中のカメラが消えた。日本の保険会社への請求に際して、ニューヨーク警察へ書類申請をする友人に同行したのだが、これには結構な手間がかかった。
まずは近くのポリスオフィスで事情を話すと、隣駅のオフィスに行くように言われ、その足で向かってみたが誰もいない。翌日、再びそこで説明をするものの、それなら…とまた別の住所を教えられる。場所を確認後、日を改めてそこを訪れると、テレビや映画で良く見かけるNYPD(New York City Police Departmentの略称)のロゴが入ったパトカーたちが建物の前に無造作に駐められ、○○分署と名称が掲げられた外観が目に入ってきた。建物の中に入ると、やはりテレビの中と同じように警官たちが忙しそうに行き来しているのかと思いきや、カウンターから離れた場所でそれぞれの仲間との話に夢中だ。やっとのことで一人の女性警官を捕まえたが、「バックの中から取られたなんて信じられない」と詳しい話も聞いてくれずにどこかへ行ってしまった。仕方なく別の警官に4回目となる説明を繰り返す。すると今度は何ですぐに来なかったのか(事件から時間が経過している)とお叱りを受けた。「たらい回しにされたんだ」と言いたい気分だったが、ここで警官の機嫌を損ねる訳にもいかない。改めて尋問を受けるかのように質問に答え、書類に状況が記入されていく。しかし、これが処理されて被害届けが郵送されるまでに一ヶ月間程度かかると言うのだ。何て仕事の遅い国なんだ、と飽きれてしまった覚えがある。

 ロンドンに住んでいた頃は、携帯電話のスリに遭う友人が多かった。英語でスリのことをピックポケット(pickpocket)というが、停留所でバス待ちをしている列の背後から、またはバスの中で、言葉通りコートなどの “ポケット” から引き抜かれてしまうのだ。フラット(アパート)に空き巣に入られて、パソコンやカメラなどの盗難被害に遭った知人も少なくはない。2005年には同時爆破テロ(地下鉄3ヶ所とバスが爆破される)があり、人々はそれまで以上に警戒していたとは思うが、相変らずスリ被害は頻発していた。

 また、ニューヨークでは、ここ数年iPhoneの略奪が続いた。通話中にいきなりひったくられるのだ。ブルックリンに住む知人は、帰宅途中、突然、けん銃(モデルガンかも知れない)を片手に近づいて来た少年にひざまずかされ、銃口を額に押し当てられた。「身体が震えた」と彼女は語っていた。やはり、iPhoneが目的だった。

 僕は、これまでにいくつもの都市を旅して来たが、特に目立った被害に遭ったことはない。イタリアの郵便局で切手を買う際に数千円ごまかされた(渡した金額が実際の半分だと言い張る)くらいだろうか。とはいえ、ウィーンで二人組のオトコに長時間付け回されたり、パリで偽警官と思われるやはり二人組に挟まれてしまったり、夜の南スペインの駅ビル内で数人のオトコたちに荷物を狙われたり、また、ニューヨークの駅のトイレでは怪しいオトコたちに囲まれていく様子に気づき、ジーパンのチャックを下ろしたまま逃げ出したこともあった。
それでいて何事もなかったのは、ボーイスカウト時代に培われた危機管理への心構えによるものなのか、単に運がいいのかはわからないが、一度被害に遭うとそれが連鎖してしまうケースもあるようだ。もう昔のことだが、ニューヨークのアパートの入口で二人組のオトコに捕まり部屋に押し入られ、シェアをしていたルームメイトは殺害され、本人も大けがを負った知人がいる。彼は、それ以前にも他の都市で金品を奪われる被害に遭遇しているのだ。

 多くの写真作家、職業カメラマンもそうだろうが、僕もカメラを持つとより興味深い場所、ベストなカメラ位置を求めてついつい一歩も二歩も足を踏み入れてしまう。つい先日も、交差点内での撮影中に車と接触した。回りにいた人から大きな声も上がったが、幸いにも厚いジャケットを着ていた為に、それにスリ傷が付いた程度で済んだ。信号のない交差点内で立ち止まっていた僕が悪いのだが、街中の撮影ではよくやることなので、せめて車幅くらいは把握して運転して欲しいと思ってしまう。ニューヨークのメトロ利用者が、降車する人に構わずどんどん車両内に入って来るように、同じような激しいドライバーも多い。また、ブロンクス(注1)のアパートビルを撮影した直後、どこからか奇声が聞こえ、しばらくして、ものすごい勢いで近づいてきたオトコともみ合いになりかけたのは最近のことだ。

 今回、僕がそばにいながらスリに遭わせてしまったこと、そこまで気が配れなかったことを悔やんでも悔やみきれないが、ともあれ、これまで怪我もなく無事でいられたことに感謝したい。これといった信仰は持っていないが、もうすぐクリスマス。「国民の約80%がキリスト教を信じている」、とも言われるアメリカに住んでいるのだから、この日くらいはゴスペルでも聞きながら神に感謝の祈りを捧げてみよう。年が明けたら、今度は仏さまに願い事をしますけど…(笑)。

(注1) ブロンクス : ニューヨーク市の最北端に位置し、危険なエリアとして最初に名前をあげられることが多い。

2014.12.10

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