棚井文雄

ニューヨーク物語32「直球」

ニューヨーク物語32 「直球」

 間もなく「原爆の日」を迎える。
一年ほど前になるが、広島を拠点に活動する写真家・工藤一義氏から一冊の写真集『世界文化遺産 広島20周年記念写真集 1996-2016 』が届いた。 それは、広島県の財産である「原爆ドーム」「宮島厳島神社」のユネスコ登録20周年に際し制作されたもので、写真を通じてその意義を見つめ直し後世に伝えようという趣旨のもと、120名もの同志を集め、写真展開催と写真集の出版までに至ったのだった。
 同封された挨拶文の中で、“会派の枠を超え・・・”と工藤氏は語っている。写真界は、いまなお複数の団体による個々の活動が中心だ。しかし社会の、世界の流れを見てもこれまで以上に横の繋がりや関連業種との交流が必要なことは間違いない。そうした中で、このような団体を超える活動は今後大きな意味を持つだろう。また、市民の記憶と記録を保存し未来へ継承しようという工藤氏の試み(アーカイブス化)は、大変意義のある行為だ。

 広島といえば、まずは「広島カープ」だろう。今年も首位を独走中であり、昨年は、37年ぶりのリーグ連覇を遂げている。僕は、高校時代から「広島カープ」ファンだ。とは言え、記憶にある野球観戦といえば、マリナーズ vs ヤンキースの一戦くらいしかない。ニューヨークに住みはじめて間もなくの頃に、友人に誘われたのがこのゲームだ。「イチローが出るチケットを手に入れた!」そう連絡してきたのは、在ニューヨーク20年を超え、『大魔神』の愛称で知られメジャーリーグでも活躍した佐々木主浩氏との交流もあるA氏だ。
 ヤンキース・スタジアムは、161st Street 駅にある。まだ、ハーレムよりも北側のエリアへは足を延ばしたことがなかった僕はやや緊張しながら地上への階段を上っていった。少し周辺を歩くと、壁という壁にスプレーでグラフィティを描かれているビルが目に飛び込んできた。別名エアロゾールアートとも呼ばれるグラフィティだが、この場所の絵は他のエリアとは大きく異なり、「単なる落書き」と言われてしまいそうなモノが多かった。しばらく歩いていると、ジワジワと感じはじめた危険な匂いに、「ゲームが終わったらさっさと家へ帰ろう」と思いつつスタジアムの入口へ向かった。試合がはじまる直前、僕が周りの人々に少々遅れを取りつつも起立すると、前列の大柄な男性が帽子を脱ぎ、広げた手でつばの部分を包むようにつかみ胸元にあてた。国歌の斉唱がはじまったのだ。唱が終わると同時に、大きな拍手と歓声が沸き起こった。やがてイチローがバッターボックスに入ると、それを上回ろうかというような黄色い声が飛び交った。

 話を広島カープに戻すが、僕は「カープファン」と言いながら、記憶にある野球観戦といえば先ほどのニューヨークでのイチローの姿のみであり、カープ優勝の立役者、黒田博樹投手がフォーシームという直球の一種を得意としていることさえも知らなかった。それでもファンだというのは、この球団が誕生した歴史にある。僕の母校には修学旅行というものがなく、代わりに学習旅行が行われていた。他にどの選択肢があったのかは記憶にないが、カープファンとしては迷わずこの地への(学習)旅行を選んだ。滞在中、被曝体験を語っていただくプログラムがあったが、その方が途中で体調を崩し口から泡を吹いて倒れてしまうという出来事も起こった。あの日、原爆ドームの前に佇んだ時、戦後の復興を目指しカープに声援を送り続けきた市民の声が聞こえるような気がした。そして、一度だけ川に映り込んだ「原爆ドーム」に向かってシャッターを切った。あの時、僕は間違いなく「カープファン」になった。
 そんな想い入れのある場所、「原爆ドーム」だが、写真集『世界文化遺産 広島20周年記念写真集 1996-2016 』(130点余りの作品が収録)の中に、迫力ある一枚、工藤氏が原爆ドーム前で捉えた『訴える』が収録されている。日本全国を旅しながら主に油画や廃材による作品を制作しているという放浪画家・藤川初則氏のパフォーマンスをとらえたものだ。その直球ともいうべき声なき叫びを写真家・工藤一義も体当たりで捕まえにいっている。

 「カープファン」と言うには、佐々木、イチロー、黒田氏の活躍を良く知らないほどの野球音痴ではあるが、写真作家を目指して雑誌や広告の仕事でも忙しくしていたあの頃、『世界かれいどすこうぷ』というTBSの深夜番組でアシスタントをしていた福島弓子アナウンサー(後のイチロー夫人)の声色を良く覚えている。司会の鈴木順アナウンサーと掛け合う時の彼女のストレートながらも心地よい物言いは、いま考えると当時の僕の癒しになっていたように思う。黒田選手のフォーシームといい、工藤氏の作風といい、僕は直球=ストレートに惹かれる傾向があるのかもしれない(笑)。

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