ニューヨーク物語25 「工藤一義と厳島神社」
工藤一義氏から、写真集「世界文化遺産 宮島厳島神社 視点」が届いた。
1996年、原爆ドームと共にユネスコ世界文化遺産に登録された、広島湾に浮かぶ厳島(宮島)に鎮座する「厳島神社」。広島広告写真家協会の会長を務める工藤氏は、その卓越した撮影テクニックと共に、この世界文化遺産と半世紀近く向き合って来た。写真集には、時に工藤氏がレンズそのものとなってフィルムに焼き付けた、むき出しの厳島神社の姿が収められている。そのことが、確かな記録と記憶として、残すべき一冊に仕上がったのであろう。定点撮影による四季の移ろいや、朝靄、黄昏、そして花火に包まれる厳島神社、その優美さに、この写真集を手にした人は魅了されるに違いない。
神社と聞くと、想い出す場所がある。埼玉県のある神社に「ムササビ」の写真を撮りに通っていたことがあるのだ。当時中学一年生だった僕は、佐藤くんという二つ年上の先輩に連れられて電車とバスを乗り継ぎ、まだ陽のあるうちにその場所へ向かう。あとは、音を立てないように神社の木々の下でジッと時を待つ。カサカサ、という音が聞こえると、佐藤くんとお揃いの懐中電灯で、音源を探す。ムササビが現れる頃には最終バスもなくなり、撮影が終わっても朝まで神社の社屋の前で再びジッとしているしかない。
その日は、深夜から大雨が降り続いた。寒くて寒くて震えが止まらず、僕たちは駅までの道をバス停を辿りながら歩くことにした。駅に着いた時には、すでに始発の時間になっていた。それからどの位してからのことだったのか、あまりのショックの為に記憶が飛んでしまったが、もう二度と佐藤くんと一緒に撮影に行くことが出来なくなってしまった。彼は、あまり体が強い方ではなかったのだ。その後、何度となくその神社にムササビを撮影しに行き、同じ場所で朝まで独りで過ごした。それは、高校生になってからも続いた。いま思えば、佐藤くんに会いに行っていたのだと思う。いまでも、「た、な、い、く〜ん」と、玄関先から声をかけてくる彼の姿が瞼に浮かぶ。佐藤くんから譲り受けた懐中電灯は、いまも遺品として僕の手元にある。
写真集「世界文化遺産 宮島厳島神社 視点」に話を戻すが、たくさんの写真の中に入り込んでいる、厳島神社を執拗に追い続ける工藤氏が、ふと空を見上げたであろうと思われるシーンが好きだ。一見、何処なのか、いつなのか判然としないものもある。しかし、その時、写真家・工藤一義は、確かに「そこ」にいたのだ。そして、鎧から解き放たれた工藤氏の作家魂と、その場所とが交錯した瞬間なのだ。
工藤氏にも、半世紀に及ぶ厳島神社とのたくさんの思い出があるに違いない。今度、じっくりと話を聞いてみたい。
2015.7.10
工藤一義写真集「世界文化遺産 宮島厳島神社 視点」