津田一郎

エピソードⅣ 虚空巡礼

エピソードⅣ 虚空巡礼 

© Ichiro Tsuda / HJPI320610000010

映画のスチールマンになって48年になる。
その間、いろいろな場所へ行った。にっかつの海女シリーズでは、神津島へ1週間ほどロケに参加した。出演していた立川談志師匠が、私の撮り方を見ていて「こいつ早いんだ」と皆に紹介してくれた。まだ若かったので師匠に誉められて少し嬉しかった。
ロケセットはそれぞれ曰(いわ)く因縁がある。世田谷にあったそれは、バブルの頃に建てられた、茶色いタイル貼りでプール付の豪邸だった。
出番待ちの間、私とある俳優さん2人で、2階にあるデッカイ!ダブルベッドで寝ころんでいた。ウトウトした時、黒い影が窓からスーッと入ってきた。一瞬、男だ!と思ったけれど、強烈な金縛りにあって、身動きができなくなってしまった。いくつか知っている長い呪文を唱えてみたが全く効かない。ふと一番短い呪文を唱えてみた。すると上半身だけ動くようになった。そのままベッドから手だけ使ってずり落ち、床を匍匐(ほふく)前進で這って部屋の外に脱出した。部屋から出ると歩けるようになったので、下へ降りてロケに参加した。仕事に戻ったために、私はすっかり同じ部屋に居た俳優さんのことを忘れてしまっていた。小一時間ほど経ったころ、彼が真っ青な顔をしてやって来た。ずっと金縛りで身動きができず苦しんでいたそうだ。しかし誰も気に留めずロケは進行して行った。
とある温泉旅館。これが安いのだ。だから低予算のロケ隊の定宿になっていた。「出るよ」と評判はあったが、「安けりゃ何でもいい」のでいつも使っていた。ある日、業界ではわりと有名な女優さんが夕方やってきて「ここ気に入ったから長逗留したいわ」と言い泊まった。夜中、部屋の外側の障子に懐中電灯の明かりが点滅し人声がしてうるさかったので、翌朝「何があったの?」と助監督に訊いた。怪訝に思った助監督が障子の向こうの窓を開けてみると、外は絶壁で下には箒川(※)(ほうきがわ)が流れていた。建物は川辺の高いところに立っていたのだ。明かりは人魂だったのだろうか。その女優さん、即その日の夕方に帰ってしまった。長逗留したいと言っていたのに。
ある時同じ旅館で「出る」ことを知っている若手の俳優さんが、イタズラ心で夜中に頭から白いシーツをかぶってトイレの中に隠れていた。何も知らない助監督がトイレのドアを開けた時、白いシーツのお化けが立ち上がった。「ギャーッ」という大声が旅館に響き、ドドドドッと階段を駆け上がる音が続いた。スタッフ部屋の障子を開けたら麻雀に興じていた俳優さんたちが振り向く。助監督の顔は引きつり、髪の毛は毛根から1本ずつ、ピン、ピン、ピンと総毛立状態。ベテランの俳優さんが雀パイを片手に言った。「何が恐ろしいか知らないが、テメーの顔のほうがよっぽど恐ろしいや!!」

※箒川:栃木県の那須塩原市を流れる河川

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