棚井文雄

ニューヨーク物語34「存在と無」

ニューヨーク物語34 「存在と無」

 「なんだか疲れちゃったなぁ」。
 ある人の転職活動話を聞いた後、しばらくしてそんな気分になった。モバイルフォーンの向こう側から聞こえてきた声を、自分のこととして置き換えて考えてしまったからかも知れない。ここ数年、ニューヨークから帰国した友人の転職相談にのったり、親しい人に転職を勧め「そこだったら最高じゃない」と僕が思うところへ加われたという、自分のことのようにうれしい成功事例など、大袈裟ではあるが他者の人生の選択の瞬間に立ち会っていたことにも影響しているのだろうか。
 それぞれの人に、仕事としてやりたいこと、個として人生としてやるべきこともあるだろうが、期待されていたり、他の場所で環境を変えて挑戦することが可能ならば、それは決して悩ましかったり、不安なことではなく「素晴らしい限りだろう」と、ずっとフリーランスというスタイルで生きてきた僕には感じられる。
 そんな言葉を友人に伝えたこともあるが、「そうは言ってもタイミングが大切」「特に女性は大台と言われる年齢に乗る度にチャンスが減るんだから」と叱られてしまった。その大変さは本当に女性だけなのか、ということについては、やはり転職先選びで葛藤している同性の友人には彼なりの言い分があるようだ。つい最近も「(男も)この年齢になると、ハローワークで紹介してくるのは、◯◯◯◯◯だけだ」と大きく肩を落としていた。

 その点、ニューヨークの友人たちどうなのかといえば、もちろん人さまざまではあるが、そんなことを気にする様子もなく、頻繁に職場を変えている人もいる。その一つに、ニューヨークに於いて仕事を探す際、基本的には年齢や性別は問われないということが挙げられるだろう。「◯◯◯写真館で(履歴書の)写真を撮ってもらうと書類が通りやすい」というような神話もニューヨークには存在しない。顔写真を貼ることなんてあり得ないし、年齢や性別を雇用の判断基準にすることは法的に禁じられているからだ。
 「アメリカに、年齢はない」。ニューヨークに住み始めたころ、周囲からよくこの言葉を聞いた。何を始めるにも年齢なんて関係ない、いつでも誰にでもチャンスがある、という考え方だ。転職についても、キャリアアップのための行動と捉えるため、自身の経験値が重要なのであって年齢への意識は薄い。ただし、それは実力主義だということであり、上司がかなりの歳下といったこともよくある話だ。それでも、頑張り次第では頂点を目指せるというような雰囲気は、正にアメリカンドリームなのであろう。
 一方で、ニューヨークで人事の仕事をしている友人は、面接を経て研修生となった採用候補者に対して、その研修期間中に彼らの本当の実力を見極めることが重要だとしながらも、これまでの職歴や経験を上手く聞き出し、年齢はしっかり把握すると言っていた。やはり、世界はそう甘くない(笑)。
 ニューヨーク時代、よく酒を交わした友人に言われた言葉、そしてそれに関連するあることがきっかけとなって僕は日本へ戻ることを決めたのだが、ここを境に「これからの人生は、好きな人と仕事(ビジネスという意味だけでなく)をしていきたい」と強く考えていたことも、冒頭の転職活動話を聞いた時に合わせて想い出した。自分の人生というものに、ニューヨークから活動拠点を移す決断をしたとき以来、久しぶりに対峙してみたということなのだろう。
 この夜、ふと午前4時に目が覚めた。あぐらをかいた。瞑想の時。寒くて掛け布団に丸まっていたのでそんな格好のいい姿ではないのだが、その時間の達した先が、「なんだか疲れちゃったなぁ、、、」だった。呆れるような己の心の声であり、先達からの言葉は全く聞こえてこなかった。そもそも「無」にならなきゃいけないのに雑念だらけであり、まだまだ修行が足りないようだ(笑)。
 ありがたいことに、ニューヨークに住んでいたことで10年以上の時間が空いていたにも関わらず、東京での活動は慌ただしく動きだした。瞑想で聞こえた己の声は、その目まぐるしさの中で、これから一緒に何かをしたかった二人の友人を突如失ってしまったこと、もう存在し得ぬ時間への想いが大きく影響していたのかも知れない(ニューヨーク物語33)。
 転職話の雑談は、「こんなに悩んでも、明日死んじゃうかもしれないし」という冗談で締めくくられた。しかし僕は、この言葉から(かつても書いたが)、だからこそ、いつもその「一瞬の永遠をこの手で掴みたい」という想いがある。海外生活での緊張感から感じた「生かされていること≒死」ではなく、機に直面した時に写真家としてシャッターを押すということでもなく、一瞬でも、ある短い期間にでも僕の人生に影響を与え続けてくれるかも知れないことや人との時間を…。
 この一本の電話(転職、人生話)は、目まぐるしかった近年の僕の時間と無意識の葛藤とをオーバーラップさせ、ニューヨーク後の人生ですべきこと、やりたかったことを再認識させられることになったような気がする。
 まずは、「なんだか疲れちゃったなぁ」から抜けられればのことではあるのだが(苦笑)。
 まぁ、まだまだ寒いし、温泉にでも行ってグラスを傾けながらのんびり考えよう。ソクラテスもプラトンもサルトルだって言っていたじゃないか、「みんな悩んで大きくなった」と。
 いや、あれは野坂昭如氏(ウイスキーのCM)だったか(笑)。

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