棚井文雄

ニューヨーク物語 7 「ニューヨーカー気分と日本人の美徳」

ニューヨーク物語 7 「ニューヨーカー気分と日本人の美徳」

 ニューヨークは、朝夕は秋を思わせる涼風が感じられるようになってきました。とは言っても、まだクーラーは外せません。ニューヨークのクーラーは、窓に挟んで取り付けるタイプが主流ですが、まさに挟んでいるだけで、これがとても危険なのです。窓枠にネジ止めをしている場合もありますが、ほとんどが引っ掛けているだけ、と言った方が正しいです。事実、この夏にも、通行人の頭上に落下させた、という事件がありました。現在は、本体を支えるフレームを使うようになってきてはいますが、まだほんの一部に過ぎません。ニューヨークに来た当初は、エアコンから水が垂れて来ることもあって、歩道を歩く時にはなるべく建物側に寄らないように気をつけていました。ある時「日本のエアコンは世界一。水が垂れてくることはないし、エアコンが人の体感温度を感知して、自動的に室温や風力を調整してくれる。」と言ったところ、ニューヨーカーから「エアコンと車はそうかも知れないけど、アメリカは世界で一番優秀な国。」と反論されたことがありました。

 これは、私の作品のテーマ「人間の存在と場所、アイデンティティーとの関わり」とも繋がりますが、海外に住みはじめるといつの間にか母国に対する意識が高まってきます。改めて好きになったり、嫌いになったりする訳です。また一方で、違法で働いている学生や、学生ビザを買って学校へは通わず、ニューヨークで10年以上働いている人もおり、やがてそれを本人も周りも「普通」と感じるような感覚に変わっていきます。「みんなもやっている」というのが理由のひとつです。

 ここ数ヶ月、展覧会用のプリント作業の為に自宅に籠っていましたが、先日、久しぶりにメトロに乗りました。ニューヨークのメトロは、本当によく遅れます。急に止まったり、駅のホームに停車したまま動かなくなることも珍しくありません。当然、時刻表通りには来ません。また、混雑していても車両の中まで詰めてくれない人が多く、扉付近に密集し、乗れないことさえあります。考えてみると、ロンドン時代にも同じような経験をし「どこが紳士の国なんだろう?」と不思議に思っていました。ある日、友人との約束場所へメトロで向かっていると、突然車内灯が消え、真っ暗のまま20分以上立ち往生したことがありましたが、他の乗客はいつものことにように冷静でした。こんな海外事情にも、少しずつ「しょうがないかぁ」と思うようにしている訳ですが、しばらくメトロに乗らないうちに、また日本の快適さと比較するようになっていました。日本は、公共交通機関を始め、全てのサービスに於いて、正確、丁寧、親切であったように思います。しかし、この日本の快適さこそが、いつも時間に追われながら働き続ける日本人を生み出してきたことも確かです。

 そんな日本人が母国から離れたことによって得たように感じる自由、それを不自由(束縛)からの解放であると受けとめて行動することが、ニューヨークではカッコいいと感じている人も多いように見受けられます。確かに、日本の快適さは、常に周囲に目を配り、子どもの頃に教え込まれた「常識」によって行動することからも成り立っているのだと思います。この快適さを望むのならば、束縛からも逃れられないのかも知れません。しかしながら、この束縛は秩序と呼ぶべきものであり、これこそが日本特有の美挙を生み出してきたわけで、こんな時代だからこそ、私は日本人としての美徳を持ち続けている人に魅力を感じます。


シリーズ 「Under the Heavens」 より
© Fumio Tanai / HJPI320610000334
ニューヨーカーを撮影した「シリーズ Under the Heavens」内の作品が、CITY JOURNAL 誌2012年夏号巻頭7ページの特集記事内に掲載されました。

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