津田一郎

エピソードⅢ 虚空巡礼

エピソードⅢ 虚空巡礼
少し休載しておりましたが、続きを読みたいという声があったことから、三木淳初代会長の「写真は哲学である」という意志を引き継いで、再び書くことにしました。
JPA会員には、写真教室を持っている先生方も多くおります。「“人に法を説く”とはどういうことか」を示唆する話が、大乗仏教経典の一つである『維摩経(ゆいまきょう)』第二章弟子品(でしぼん)のなかにあります。

「譬如幻士爲幻人説法」
譬(たとへば)、幻士(げんし)の、幻人(げんと)の爲(た)めに説法するが如(ごとし)

「この世は空なるもの」という世界観に立ってみれば、自分も空なるもの、相手も空なるもの。であるから、幻影の先生は幻影の弟子の為に話をしなさい、という意味です。もちろんこの話の前後に長い文章が連なっており、人に何かを教えるというのは、自我を捨て、相当に謙虚でなければいけないということが書かれています。
「天眼通」については、以前に少し書きました。これはこの世を見通す眼のことで、六神通力の一つです。
シャッターを押す、というのは、現象が起こってしまった後では遅いわけで、その前に予測して押すものです。言ってみれば、ちょっとした未来予測の天眼通です。これ以上酒を飲むと二日酔いになって明日の仕事に差し支えるから止める、といったこともその類でしょう。
これまで私は、説明のつかない未来予測をずいぶん経験しました。
ある映画のロケでのことです。乱闘シーンで急に「危ない」という感覚が襲ってきました。女優さんが頭を打つ瞬間がフラッシュバックしたため、マネージャーを呼んで「気を付けるように」と注意を促しました。ところが現象は止められず、その女優さんはやはり頭を打って気絶し、救急車で運ばれていきました。幸い数針縫う程度の怪我で済み、後にマネージャーからは「あの時に注意されたおかげで、この程度の怪我で済みました」と半泣きで感謝されたことがあります。
関戸会長が在任の頃、早稲田にJPAの事務所がありました。ある日突然泥棒の気配を感じ、事務局員に「近々ドロボーが入るから、現金は置かないように」と伝えました。数日経ってお巡りさんから電話があり、「お宅の事務所に泥棒が入りました。すでに捕まっているので、被害があるようでしたら被害届を出してください」と言われたのです。天眼通で未来が見えたとしても、未来を変えることはできません。しかしながら少しは役に立つことはあるようです。

もう1つ。深夜、映画のロケ中の話です。30センチの新雪が積もるなか、役者の螢雪次朗さんが車の鍵を飛ばしてしまい、どこへ行ったか分からず、助監督数人でウロウロと探しているところに出くわしました。じーっと雪を見ていると、ふと雪に埋まっている鍵が見えました。そこで深く手を突っ込んでみると、指先に鍵が触れました。
神通力は、長い修行の末に身に着くものですが、残念なことに一瞬の油断で消えてしまいます。たとえば久米仙人の場合。飛行中に河原で洗濯をしている女性の着物の裾からはみ出ている白い太腿を見た瞬間に神通力が消え、雲の上から地面に落ちてしまったとか。
我々の人生もまた、長い修行の末に今日があるわけですが、久米仙人のように、一瞬の油断で“落ちてしまう”危うく儚(はかな)い側面もあります。

© Ichiro Tsuda / HJPI320610000010

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