棚井文雄

ニューヨーク物語11  「変わるものと変わらないもの」

ニューヨーク物語11  「変わるものと変わらないもの」

 渡辺澄晴氏の新しい写真集「ワシントン広場の顔」がニューヨークに届いた。1965年に出版された氏の初めての写真集(ニューヨーク・タイムズの書評で紹介された)と同じタイトルである。今回は、当時の作品に合せて、1990年、2013年に渡辺氏が見たそれぞれのニューヨークが収められている。
 経済が停滞し、犯罪率が上昇しはじめた1960年初頭、 渡辺澄晴はニューヨークにいた。人種差別による抗争もあったと思われるが、氏の写真からはそんなことを感じさせない。見ているうちに、この時代へタイムスリップしてみたくなって行く。ところどころに写っている当時の”アメ車”が、このニューヨークの街中を行き交っていたのかと想像するだけでワクワクしてくる。そして、そこにいる若者たちに尋ねてみたい「今どんな事を考えていて、夢は何かと…」。
 2013年のページをめくっていくと、この撮影には僕も立ち会っていたはずなのに度々見覚えのないシーンが登場する。よくよく見つめることで蘇っては来るのだが、氏が使用していたようなズームレンズは、撮影者が被写体との距離を変えずして(焦点距離を変化させることによって)映像の大きさを変えられるため、そばにいたとしてもどのように画面を切り取っていたのかわからない。一方で、単焦点レンズには小さくて軽いという良さがあり、僕は最近までほとんどのストリート撮影を35ミリレンズ(広角)で撮影してきた。写真家が被写体にどう迫りたいのかによって、構図だけでなくレンズ選びも変わってくる。写真は撮影者によって大きく変わり得るものなのだ。
 1962-64年当時、渡辺氏はニコンFを使用していた。当然、ズームレンズではなく単焦点レンズを交換しながら撮影を行っていたに違いない。写真からもそのことが伺える。この50年で、ニューヨークはどう変わったのか? カメラは著しい進化を遂げ、渡辺氏の被写体へのアプローチ方法も変化しただろう。そのような視点からこの写真集を見つめることで、半世紀に渡るニューヨークの変遷と写真家・渡辺澄晴の歴史を合せて探ってみるのも面白い。
 ニューヨーカーに年齢はない。誰でも、いくつになっても平等にチャンスがあるとも言える。事実、就職面接などの際に年齢を聞かれることはない。一方で、日本人同士の会話や日本のテレビ番組では、時に「そこまで?」とも思えるほど年齢を意識した発言を耳にする。ニューヨークに本当に平等にチャンスがあるかどうかは別にして、この「年齢がない」という考え方は学ぶべきことだと思っている。「もう、20代、30代の頃とは違って…」などという意識を持つ事は、自ら行動を制限し、肉体を、細胞を殺し衰えさせて行く気がしてならないからだ。 渡辺氏のニューヨークや写真への執心ぶりを見せつけられた時にも同じことを感じた。
 しかしながら、JFK空港に着いた直後からあれだけの機材を背負ったまま連日街を歩き回わるなんて「20代の頃とは違って、僕には到底出来やしない」(笑)。
 ナベさん、また一緒にニューヨークの街を撮影しましょう。

渡邉澄晴写真集「ワシントン広場の顔 1962-1964/1990/2013」

2013.12.23

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