牧島ヒロミツ

「ニューヨークの写真散歩」

「ニューヨークの写真散歩」

 

© Hiromitsu Makishima

 

   8月も終わりを迎えるころ、真夏のジリジリとした日差しの中を、ジョージ・ワシントン・ブリッジにほど近いところに住む友人の奥様から借りた自転車でハドソン川沿いの自転車道を走ってみると、これが実に気持ちがいい!目標はマンハッタン島の突先バッテリーパークで、約18キロの道のりだ!道路コンディションはアメリカなのであまり良くない。クネクネ曲がるしアップダウンも激しい凸凹道だ。公園でバーベキューを楽しむ人達がいたり、バスケットボールやフットボールを楽しんでいる人たちも多い。
走りながら今日が土曜日である事に気が付き、ペダルをこぐのも一苦労だが気持ちを切り替え、この人達の様に楽しもうと考えを変えた。対岸のニュージャージーから爽やかな川風が吹いてきた。4~5キロ走っただろうか、桟橋にBARと書いた船が係留してあり自転車を止めた。桟橋を進むと入口の女の店員に私のバッグの中身を見せるよう言われた。確かにD810に70-200mmレンズが装着したまましまえるLoweproのバッグなので、形が普通でないことは事実だ。黙って中身を見せると店中へ入れてくれた。
デッキでソーダ水を飲みながら、これから約2か月の撮影計画に思いを巡らせた。実は、昨日の夕刻ニューヨークに着いたばかり。さて、何から始めようかと思い付いたのが、このマンハッタン島を縦断する計画だった。

一休みするとまた、ペダルを漕いだ。46St.辺りに第二次世界大戦で戦果を収めた空母イントレピッドがある。今は博物館になっていて、甲板には当時の戦闘機も展示してある。飛行機といえば、この先ぐらいだろうか… 「ハドソン川の奇跡」があったのは?2009年、ジェット旅客機がエンジントラブルで真冬のハドソン川に不時着したが、乗客155人全員が無事救助されたという奇跡。これを映画化した作品が、たしかもうすぐ封切りだった気がする。などと思いながら14St.迄来ると、左手がチェルシーだ。ビルとビルの間からハイライン(元貨物列車高架橋で現在は公園)が見え隠れする。12St.辺りに、新しくホイットニー美術館が移転して、ハイラインの終点となっている。さらに、並行して走ってきたウエストサイドハイウエイの下道へと進むと左手奥にSOHOがあり、もう少し進むと9.11テロで崩壊したワールド・トレード・センター跡がある。この辺りは、ロウアー・マンハッタン、そして本日の目的地のバッテリーパークへ到着した。
近くのカフェで、かなり遅い昼食をすませて休憩をとった。さあ!今来た道を引き返すぞと、自分に気合を入れた。アッパーからロウアー・マンハッタンに来る時には気にならなかったが、心なしかペダルが重く感じられる様になってきた。陽もだんだん傾き始め、不慣れな場所で日没を迎えるのは気が進まない。ようやくワシントンブリッジが遠方に見えた時には安堵した。最後の難所はワシントンブリッジ付近で、かなりの勾配がある。とうとう自転車から降りて押して上がる事にした。アパートに戻ったのは夕刻6時ごろ、シャワーを浴びてそのまま寝てしまった。
翌朝、家主のデビットさんが「ヒロさん、コーヒー飲む?」と聞いてきたのでお願いすると、プロが使う様なミルとエスプレッソマシンで、今迄飲んだ事の無い様な美味しいコーヒーを飲ませてくれた。このサービスは、数日後エスプレッソマシンが壊れるまで続いた…感謝!
今日もまたデビット夫人の自転車を拝借してお隣のブロンクスへ。川を越えハイウエイを渡り、まずヤンキースタジアムに向かった。スマートフォンのグーグルマップが非常に役立つ。この辺りは車は多いが人があまり歩いていないのが気になる。何とかヤンキースタジアムに到着。どうやら試合日の様で、入場者や車で4番ゲート前はごった返していた。この後、ブロンクスにはニューヨークで一番古い動物園があると聞いたので向う事にした。しかし、行けども着かず、チョッと怖い地域に入ってしまったようで、困った事にスマートフォンの電池まで切れてしまった。この辺りで日本人もめずらしいのかアフリカ系の薬の売人のような男から声を掛けられてしまい、全速力で自転車を走らせ逃げ出した。
教会の前を通り掛ると大音量でゴスペルが流れ、中から怒鳴り声のような説教が聞こえた。目の前のドアが突然開いて、2メートルくらいの大男牧師が出て来たり、路上駐車の車もポンコツが多くて、写真を撮る場所と言うより、ただ物騒な処と判断。散々道に迷いながら、この日もかなりの距離を自転車で移動して、ヘトヘトでアパートに戻った。

8月30日。今日は、ワシントンブリッジ近くのデビット宅からクイーンズのシェアハウスへ引っ越し。1か月のメトロカードを購入し、今日から自転車ではなく地下鉄を利用しての撮影を行う。このメトロカードは、市営バスも乗り降り自由で大変便利だ。
さっそく、地下鉄を利用してコニーアイランドへ向った。34St.でNラインに乗り換えて、終点のコニーアイランドに到着!ブルックリンの下に位置する海沿いの町コニーアイランドは、「ここは本当にニューヨークか?」と疑ってしまう程だ。それは、海水浴場と遊園地が併設された、その楽しくのどかな雰囲気は“大都市ニューヨーク”の印象とは大きく趣が異なるからだ。
何よりそしてここに来たのは、多くの写真家がココの写真を撮っている、というものだが。と言うと殆ど無計画の様だが、一応日本で立てたスケジュールもあるにはあった。しかしニューヨークに到着した夜、家主のデビットさんに撮影ポイントを相談したところ、私の全然知らない面白そうな場所がポンポン出て来たのだ。そこで私はノートに書き留め、ニューヨークに対する固定概念みたいなモノを全て消し去ろう!とそれまでの計画を破棄した。デビットさんは、プロのジャズピアニストで、ニューヨークの大学でピアノを教えているプロフェッサーとして素晴らしい感性の持ち主なのであります。
9月2日。朝から太陽がまぶしいナイスディだ!新しい家主のミュキュウさんからも様々な情報を頂いた。例えば、セントラルパークの少し下42St.と40St.の間5Ave.にブライアントパーク。素敵な公園なので、ここを起点に活動すると良いのでは?と言われ早速行ってみたところ一目で気に入ってしまった。芝生の緑がとても綺麗で、ニューヨーカーの憩いの場所という感じの公園だ。モスグリーンの鉄製のテーブルとイスが沢山あって、自分の好きな処で食事をしたり、お茶を飲んだり、読書をしたり、おしゃべりをしたり、とにかく自由な場所。ホッとするおススメの場所だ。西側の大通りの向こうに日本の大型書店があり、その2階では日本のコンビニ弁当やおにぎりが食べられる。東側の41st.を少し行くと、日本人経営のサンライズマーケットがある。日本の食材がなんでも手に入るし、1階で買った物を2階のコーナーで食べられる様になっている。今回の撮影は、ほぼ毎回と言っていいくらい、雨の日を除いてこのブライアントパークにお世話になった。

9月5日。今回ニューヨークに来た目的の一つは、ブルックリンを撮る!であった。実は今年(2016年)、ある日本のデパートのニューヨークフェアで、私が2年前に撮影したマンハッタンの写真30点を大型ディスプレイでスクロールしていただいていた。その関係者の方から聞いた「来年はブルックリンだョ」との言葉がきっかけになったのだ。ということで、“まずブルックリン!”なのである。ここは、どちらかと言うとマンハッタンのベッドタウンで、比較的家賃が安く(最近は上昇傾向にあるようだが)、芸術家が多く住む街といった感じだ。まず地下鉄MラインからLラインでベッドフォードAve.で下車。アーティスティックな感じの良い街並み、川沿いにロケハンして対岸のマンハッタンを撮影。有名なホテルや壁に描かれたアートもカメラに収め、サブウエイで買ったトマト入りのサンドウイッチをかぶりつきながら、今度はレッドフックへ向かう。スミス駅で下車して殺風景な工場地帯を海へ向って歩いた。人通りが無く少々怖い感があったが、古い工場や廃船があったり被写体には事欠かないところだ。ひと通り撮影してブルックリンブリッジをめざす。かなり歩いてダンボに到着。橋の下に小さな公園があって、そこを抜けるとポスターや写真集で見かける光景に出くわした。手前に川面、そしてブルックリンブリッジ、向こうにマンハッタンの摩天楼だ!
三脚が並び大勢のカメラマンが夕焼けを待っていた。私も午後7時迄ねばって撮影!橋の上からの撮影に切り替える事にした。陽もとっぷり暮れて、前回来た時よりロマンチックな写真が撮れたような気がした。晩ご飯は57丁目のメンクイテイ。この店はミュキュウさんに教えてもらった店で、ラーメンもやっている日本食のお店だ。日本語でバンバン注文して、1万円くらい飲み食いしてしまった。ニューヨークの物価は少々高いのだ。

9月11日からは、連続でブルックリンを撮影した。キャロル駅からダンボまで歩いて撮影。翌日もジェファーソン駅からモーガン駅まで歩く。壁のアートが大変素晴らしい!シャッターを切り続けた。以前ロケハンしたベットフォード駅周辺も撮影し、約9日間かけてブルックリンの撮影は終了。
9月21日。ハーレムでパレードがあると聞き飛んで行った。本場のパレードだ!9月18日にチェルシーで爆弾テロがあったばかりで、ニューヨーク市警の警備が厳重だ。撮影場所を選ばないと警官から突き飛ばされそうな勢いだった。
9月28日。マンハッタンの撮影も順調に進み、ハーレム→アッパーイースト・ウエスト、ミッドタウン→チェルシー→グラマシー→イーストビレッジ→ソーホー→ロウアーとほぼ網羅して、10月11日は、グリニッジビレッジから歩いてマンハッタンを横断。イーストビレッジまで約2キロを撮影した。

10月中旬。予定していた撮影がほぼ終了したことから時間的余裕もあり、デビットさんのお誘いでビレッジバンガードに初めて行く事になった。そこで、天才トランぺッターであるトム・ハレルの演奏を聴くことが出来た。B&Hでは、イタリア製のハードケースを$180で買うことが出来てラッキーだった。帰国前日には、I・C・Pにもお邪魔して世界中から集まったカメラマンの授業風景も見学。わずか2か月足らずのニューヨーク生活は、お世話になった方々への感謝と充実感で一杯のうちに終了した。気が付くともう秋…ニューヨークの秋は大変短くて、夏が終わるとすぐに寒くなる感じだ。そして、もうすぐニューヨークには極寒の冬がやって来る。

© Hiromitsu Makishima

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